お久しぶり、最近実習しているんで、普通の学生とサラリーマンよりもっと忙しい毎日を過していて、あたしのウロコは近々落ちきるかもしれないねぇ!@v@
会社の空気は学校とまったく違っていて、その社員はあたしと同じ若者だけど、その学生質はもうかれらの周りに見えなくなっちゃったの。そりゃも当たり前だろう。この前先生の一言を思い出して、「社会に入ってただ半年だけで、すごく変わっていた人がたくさんだ。個性なんて変わるわけじゃなくて、処世態度とか、人との付き合い方とか、まぁ、変わらないとはいえないだろう。まぁ、真に学生の身分から社会人に移るっていえるんだろう。」って。こんな転換を面して、怖さなんて全然ないっていえなくて、これからの半年で変わっていた自分に分けもわかんない心配があるんで、今あたしの周りに仕事をしている方もその時こんな不安を持っているんだろう。もし、これは人生に超えなきゃいけない転換点っていえるなら、多分もっとポジティブで直面すべきじゃない!、ポジティブで自分の変化を見て、心の中にその変わっていない別の自分はそのままでじっくりとこの笑ったり、泣いたり、変わっている自分を見つめるべきだろう。
新しい場所で、いろんなことを気づけなければならないんで、何の話が言えるか、何の話が絶対だめなのか、いつ笑えるのか、いつ黙ってたほうがいいか、って……
各場所でそのルールがあって、ルールを破る人がなかなか持てていけないだろう。あたしは、自分が持てる人間になりたいわけじゃなくて、持てる人間が受けた注目もおおくて、そういうことがあたしに似合ってないと思っているけど、嫌われる人間になりたくないだけなの。周りからの助けと友情が必要じゃないって言える人間がいないと思っているから、会社で、毎分毎秒自分の言行を注意しているんだ。
人間はこの世に生きていたら人とのつながりがどういってもかけないだろう。このつながりがないなら、言語も必要じゃなくて、生きている意味もなくなるだろう。私みたいな人間は多分人間関係の扱いにおおくの力をかけているかもしれないなぁ~~。
昨日、ネットチャットのとき、学校放送台の後輩に長時間ぶりに会った。今付き合っている彼女はあたしの親友の元彼女だって、おしえてくれて、あんまり驚くなんてしないのは、その女の子も放送台の一員で、以前からあたしの重視している後輩だから。そして、彼は神秘っぽくて今度会えたら、ちゃんとおしえてっくれる、っていった。
「でも、そのひとにおしえないよ~」
あたしは、ぽかんとして、普通にはじめて人のことになると、その名前を呼んであいてに理解できるようにいったほうがいいじゃない!、でもさぁ、あたし、なんとかれのいっている「その人」がわかっている。
「あたりまえでしょう、あたしはなんのために、自分の親友をいらだてるわけ?」って答えた。
「うん、彼自身以外の人から聞くのはよくないと思って……」って。
あたし、なにもいえなくなるんだ。
そのとおりだ。あることは自分が気づけるのが人に知らせられるのより、ずっとよくて、とくにそのことは悲しいことの場合では、ショックも軽いじゃない。あたしは、後輩の気遣いに嬉しがっていながら、親友がもうすぐこの真実に気づくことを見るに忍びない、そして、知っているのに素直に言い出せない自分にの嫌い感じでもあるんだ。悲しい感じがこんなあたしもわかっているのよ。でも、分かっていてもそのまま置きっぱなしにしていけば、なんにもならないばかりでなく、周りの人に迷惑をかけるがちがあるから、あたしができるのは、親友がそのことを知る後、そばから応援をあげるってことだけで、その悲しさをできるだけ早く除くように励ます!。
今の毎日、あたしにとっては不安なんで、この不安に戸惑っているひとがあたし一人はずがないだろう。あたしはいま友人と家族の応援が必要なんだと思っているから、あたしと同じ気持ちを持っている友人は、もちろん、あたしが守ってあげるじゃない。